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2022年2月24日 (木)

【昔語り9】マイコン雑誌「I/O」の頃(その2)

アキバ昔語り。今回はマイコン雑誌「I/O」の続きです。

前回紹介した1977年4月号の目次です。

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アマチュアにとってマイコンは作る時代ですね。自作マイコンか各社から出ていたTK-80のような評価キットにVRAMを組み合わせ、当時ブームだったTVゲームをしたい、という気持ちが伝わってくるようです。

そのTVゲーム、目次に「GIのTVゲーム」とあるように、TVゲーム専用のチップがでていました。もちろん、まだインベーダーに侵略される前で、素朴なピンポンゲームとかの時代です。ゲームセンターにはブロック崩しや風船割りのような、明らかにコンピュータを使ったものもありましたが、家庭用はそのような専用チップを使っていました。

アキバではGIなどの専用チップを使った、ゲームキットも販売されていたのを覚えています。そういうチップは、トランジスタ数のかさむマイコン方式ではなく、専用回路で起こしたものだったようです。トランジスタ技術などでタイマーIC、NE555と若干のCMOSロジックを使ったTVに表示するオシロスコープの製作記事があったのを覚えています。そんなふうにアナログ/デジタル混在でTV画面上に線を引いたり、光点を動かしたりする回路を作り、それをIC化したものだと思います。

ミュージックシンセサイザの記事も初期のI/Oには多く掲載されました。ここでのシンセサイザは電圧でパラメータを制御できる発振器やフィルタ、アンプなどを組み合わせた「アナログ シンセサイザ」です。当時はシンセサイザといえば、普通の人は冨田勲さんのような多重録音やシーケンサを使った壮大なもの、先進的な人たちはクラフトワークとかのテクノポップという感じでした。YMOでテクノが一般化する前です。

これはその頃発売なったローランドのSYSTEM-100Mというモジュールタイプのシンセサイザです。80年代後半〜90年代くらいはブームの去った商品なので質流店あたりで中古を安く手に入れられたのですが、いまではずいぶん高値になってしまいました。そのころぼちぼちと揃えたものです。整備しながら遊んでますが、なかなか手がかかります。

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I/O誌のシンセサイザ自体の製作記事というのはあまり記憶がなく、シンセサイザとマイコンをつないで自動演奏というのが多かったと思います。まだ「打ち込み」という言葉がない時代でした。(プロの音楽家の間では使われていたようですが)アナログシンセは自作するのも大変で、使い物になるレベルのものはなかなか作れませんでした。僕も1983年くらいに「ムーグのパチモン」のようなモジュールタイプのシンセを作ったことがありますが、VCOの調律に苦労した記憶があります。そういうわけか、これもだんだんAY3-8500というマイコンにつなげるPSGやFM音源などの記事にシフトしていきました。

今回はここまで、次回は「ミニコミ誌」としてのI/Oの話です。

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